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同業他社が大量採用を数多くするなかで、当社は10名前後の採用を行なっています。これは新卒で入社した人が仕事に精通し戦力になる迄には通常2〜3年の期間が必要になるからです。この2〜3年の間に毎年新入社員が入社してきますので、たとえ10名ずつの入社でもトータルすると30名になってきます。
その為、目先の採用よりも入社後のことを考え、長い目で育成していく方針で採用を行なっています。 |
採用と同じで経営も目先でなく長期的な観点から見て、信用を重視した堅実経営を基本としています。
年配の方から「山種は地味だが堅い」といわれるのはコツコツと信用を築き上げ、堅実経営に徹してやってきたからです。
当社もヤマタネグループの一員としてこの理念をしっかりと受け継いでおります。 |
創業者山ア種二の名前からヤマタネ(山種)は由来しています。その山ア種二は1893年群馬県で生まれ15歳の時に上京して、米屋の丁稚奉公した後、米相場による取引に参加、功績が認められ独立して米問屋を開業。
その後、株式仲買部(旧山種証券)と辰巳倉庫(山種産業=現ヤマタネ)を開業し財を築く。
教育・文化活動に力を入れ学校法人として山ア学園(現富士見中学・高校)、日本画を展示した財団法人山種美術財団(山種美術館)を創る。
先物取引業界でも東京穀物商品取引所の初代理事長に就任する。
1983年89歳で他界しましたが、アサヒトラストはヤマタネグループの一翼を担い、山ア種二が残していった信用重視の堅実経営を引き継ぎ、信頼される企業として、これからも企業努力を続けてまいります。 |
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